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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)705号 判決

原告

ショーン・ブレンダン・オケリー

右訴訟代理人弁護士

藍谷邦雄

吉田健

被告

株式会社アサヒ三教

右代表者代表取締役

潮見三輪

右訴訟代理人弁護士

小田切登

境野照彦

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  原告

1  原告が被告との間で雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

2  被告は、原告に対し、金五九九万三〇〇〇円及びこれに対する昭和六三年二月五日から支払ずみまで年六分の割合による金員並びに昭和六三年一月以降毎月末日限り金三九万円(一月は金一三万六五〇〇円、五月と八月は金一九万五〇〇〇円、九月は金三二万五〇〇〇円)を支払え。

二  被告

主文と同旨

第二事案の概要

一  当事者間に争いがない事実

1  被告は、ASAコミュニィティサロンの名称で英会話教室を経営しているが、原告は、被告に、昭和六〇年四月英語教師として雇用され(以下「第一契約」という。)、右ASAコミュニィティサロンで英会話を教授していた。

2  原告の賃金は、時給三二五〇円であり、前月一六日から当月一五日までの賃金を毎月末日に支払われることになっていた。原告の稼働時間は、ほぼ毎週月曜日から金曜日までの午後二時から午後九時まで(一時間休憩)であった(ただし、一月期、五月期、八月期、九月期は、他の月より月間稼働時間が短い。)。

二  争点

本件の中心的争点は、原告が株式会社エイエスエイ人材センター(以下「スタッフセンター」という。)と雇用契約を締結した(以下「第二契約」という。)昭和六〇年七月三日、被告との第一契約が有効に合意解約されたか、仮に有効な合意解約がなされなかったとしても、第一契約が昭和六一年四月二二日までの期間の定めがあり、同日をもって契約が終了したか、あるいは、第二契約で定められた同年七月三日の期間の経過により原告と被告との雇用契約関係がなくなったか、である。

1  原告の主張

(一) 原告は、被告に対し、昭和六〇年七月三日に第一契約を合意解約する旨の意思表示をしていない。

原告は、昭和六〇年七月三日付けで、第二契約の契約書(証拠略)に署名したが、スタッフセンターは、被告の一部門としての機能しかなく、独立した存在ではなく、右署名後の原告の労働条件等は従来と変わりなかったのであるから、右契約書は単に被告の名称を変更したにすぎず、依然として被告との雇用契約関係が継続していた。

(二) 仮に、第二契約により、雇用契約の当事者が変更されるものとしても、更改契約にすぎず、原告と被告との雇用契約を合意解約したものではない。

(三) そして、第二契約が更改契約であるとしても、次の理由により効力がない。

(1) 原告は、雇用主が引き続き被告であると誤信して第二契約を締結したのであるから、錯誤により無効である。

(2) スタッフセンターは、人材派遣を目的としており、労働者供給事業を目的とするものであって、職業安定法四四条に違反し、被告が雇用主としての責任を一切回避するために第二契約を締結したのであるから、第二契約は公序良俗に反し無効である。

(3) 被告は、労働組合から健康保険への加入の要求があったことを利用して、外国人教師の昭和六〇年六月分の給与から保険料を控除し、これを手段として第二契約を締結させようとしたのであり、原告に対しても同様に、第二契約を締結しないと昭和六〇年六月分の給与から違法に控除した社会保険料相当分の金員を返還しない、今後も社会保険料を控除する、身元保証をしないなどと脅迫し、そのため、原告は、第二契約を締結した。また、原告は、新会社に入らないと失職するかもしれないと強迫されて、第二契約を締結した。原告は、被告に対し、右契約を取り消す旨の意思表示をした。

また、右のような方法により第二契約を締結させることは公序良俗に反するから、右契約は無効である。

(四) 第一契約は、期間の定めのない契約である。

仮に、第一契約が一年の期間の定めがあるとしても、原告は右期間経過後も労務に服していたのであるから、右契約は更新され、期間の定めのない契約になった。

また、第二契約の期間が昭和六〇年七月三日から昭和六一年七月三日までと定められていたとしても、右は一年を超えるので、期間は同月二日までとみなされ、被告が同月三日原告の労務の提供を異議なく受領したことにより、雇用契約は更新された。

2  被告の主張

(一) 原告と被告は、昭和六〇年七月三日、第一契約を合意解約し、原告はスタッフセンターに雇用された。

(二) 仮に、原告と被告との雇用関係が継続したとしても、第一契約は昭和六一年四月二二日をもって期間満了により終了した。また、スタッフセンターとの第二契約は、雇用期間が昭和六一年七月三日までと定められ、スタッフセンターが事前に原告に対し期間満了をもって雇用契約を打ち切る旨通知していたから、仮に、被告とスタッフセンターが同一であるというのであれば、同日の経過をもって雇用関係は終了した。

第三争点に対する判断

一  第一契約の期間の定めの有無について

第一契約が期間の定めのない契約であることを認めるに足りる証拠はなく、原告本人尋問の結果及びこれによりその原本に原告が署名をしたことが認められる(証拠略)(第一契約の契約書の写し)によれば、第一契約において、契約期間が昭和六〇年四月二二日から昭和六一年四月二二日までと定められていたことが認められる。

二  合意解約の成否について

1  原告と被告との間で昭和六〇年七月三日第一契約を合意解約したことを示す書面は作成されていない(原告本人)。しかし、原告は、同日、スタッフセンターとの間の雇用契約書(第二契約の契約書、乙第一号証)に署名している(〈証拠略〉)。

2  スタッフセンター設立の経緯とその実体について(〈証拠略〉)

被告は、英会話教室を経営し、外国人をその教師として採用していたが、外国人教師の採用、養成、人事管理を別法人に委ね、被告は右法人から外国人教師の派遣を受けることを計画し、そのための法人として、スタッフセンターが昭和六〇年五月二九日に設立された。スタッフセンターは、英会話講師の派遣及び養成等を目的とする資本金一五〇万円の会社であり、代表者には被告代表者の妻である潮見初音が就任し、被告代表者も取締役に就任した。潮見初音は、被告の取締役をしており、実質的に被告の外国人教師の管理をしていた。スタッフセンターは、設立当初、従業員がほとんどいなかったのであり、事務所も被告と同じ場所にあり、被告の従業員であった外国人教師を被告に派遣する以外の仕事はなかった。被告とスタッフセンターの間では、スタッフセンターが被告に対し被告の経営する英会話教室で英会話を教授する外国人教師を派遣し、被告がスタッフセンターに対しその対価として外国人教師の給与相当額と教育指導料等を支払うとの合意がなされた。

3  スタッフセンター設立に伴う外国人教師の処遇について

被告は、前記のとおり外国人教師の採用、人事管理等をスタッフセンターに行わせることとしたが、雇用している外国人教師については各人の選択に基づいてスタッフセンターに移って雇用されることも被告に留まることもできることにした。この場合、スタッフセンターに雇用される者は、被告に派遣されて従来どおり英会話を教授することが予定されていた。被告代表者は、スタッフセンターが設立された同年五月二九日の前後ころ、被告が雇用していた外国人教師に対し、新会社(スタッフセンター)が設立され、今後被告に残るのもスタッフセンターに移るのも自由であるが、被告は雇用契約を更新しないなどと説明した。被告に雇用されていた外国人教師がスタッフセンターに新たに雇用される場合でも、従前の実績を踏まえ、勤務場所、勤務内容、一時間当たりの賃金額は変わらないものとされた。そして、被告に雇用されていた外国人教師がスタッフセンターと雇用関係を形成する方法として、スタッフセンターと新たに雇用契約を締結するという方法がとられた。(〈証拠略〉)

なお、原告本人は、被告代表者が外国人教師に対する説明会で、スタッフセンターに移るよう求め、雇用主及び労働条件は変わらず、雇用主の名前が変わるだけである旨説明したと供述するが、被告代表者尋問の結果に照らし、原告本人の右供述を直ちに採用することはできない。

4  第二契約の締結について

(一) 被告に雇用されていた外国人教師の大部分は、スタッフセンターと新たに雇用契約を締結し(被告代表者)、原告も、スタッフセンターとの間で、同年七月三日、雇用契約(第二契約)を締結した(なお、右契約の期間は、第一契約の期間とは別に、昭和六一年七月三日までと定められた(〈証拠略〉)。

(二) 原告は、右雇用契約が単に雇用主の名称を変更したにすぎないから、被告との第一契約は依然として継続していたと主張する。なるほど、前記2で認定したところによればスタッフセンターの設立当初の人的、物的設備は独立した法人としては不十分な面があり、また、第二契約締結後の原告の給与(一時間当たりの賃金額)、勤務内容及び勤務場所の変更はなく、スタッフセンターとの雇用契約締結後も、被告が外国人教師の給与の計算をしていた(〈証拠略〉)。

しかしながら、スタッフセンターは前記認定のとおり被告の外国人教師の管理をしこれを英会話の講師として派遣することなどを目的として設立されたものであり、スタッフセンターに移籍させるにあたりその雇用条件にほとんど変更がないとされていたのであるから、勤務内容、勤務場所及び給与額に変更がないことは、雇用主に変更がないことを推認させるものではない。また、第二契約締結後も原告らに対する労務指揮及び給与の支払を被告が行っていたことを認めるに足りる的確な証拠はなく、かえって、スタッフセンターは、前記認定のとおり被告とは別の法人格を有しており、第二契約の締結作業はスタッフセンターの従業員が行い(〈証拠略〉)、スタッフセンターとの雇用契約締結後の給与の支払はスタッフセンターがしており(〈証拠略〉)、独立した法人としての実体を欠くものと認めることはできず、右各事実と前記認定の被告代表者の外国人教師に対する説明等に照らすと、被告とスタッフセンターが実質的に同一であり、第二契約が単に雇用主の名称を変えたにすぎないと認めることはできず、第二契約は、被告とは別の法人格を有するスタッフセンターとの間での雇用契約であると認めるのが相当である。

なお、被告は、法務大臣宛に、昭和六一年三月五日付けで、被告とスタッフセンターが公的には独立しているが実質上は分離して考えることができず、スタッフセンターが被告の一部門であると考えても実体上何ら差し障りがない旨の書面を提出している(〈証拠略〉)。しかし、これは、外国人教師が在留資格を取得するについて、未だ設立間もないスタッフセンターには身元保証人の適格がないため、被告がその取得に協力したものであることが認められ(被告代表者)、また、その内容も、スタッフセンターの目的につき、被告の外国人教師の管理部門を分離し、形式上独自に管理する形態をとることにより被告の事業を更に拡大し教育の質を高めることが可能となるとし、その収入は外国人教師の給与分以外にも被告から支払われる教育指導料、人材派遣料があると記載されているのであるから(〈証拠略〉)、被告が(証拠略)の書面を提出していることをもって、被告とスタッフセンターが実質的に同一であることを認めることはできない。

(三) なお、原告は、仮定的に第二契約が更改契約にすぎないと主張するが、第二契約は、被告、スタッフセンター及び原告の三者によるものではなく、また、契約内容が同一であるとは認められないから、これを更改契約であると認めることはできない。

5  以上認定の、原告は被告と別個独立した法人であるスタッフセンターと雇用契約(第二契約)を締結したこと、スタッフセンターは被告の外国人教師の人事管理をし、これを英会話講師として派遣するために設立されたものであること、被告はスタッフセンターから外国人教師の派遣を受けて従来どおり英会話教室を経営しようとしたこと、被告に雇用されていた外国人教師は被告に残ることもスタッフセンターに移ることもできるとされたが、スタッフセンターに移る方法としてスタッフセンターと新たに雇用契約を締結することとしたこと及びこのようにしてスタッフセンターと雇用契約を締結した外国人教師は被告に派遣されて従来どおり英会話の教授をすることが予定されていたことと、原告が被告から控除された社会保険料の返還を受けるに際し被告を退職する旨の確認と右金員の受領を表す書面に署名していること(〈証拠略〉)を総合すると、原告がスタッフセンターとの間で第二契約を締結することは、被告との間の第一契約を解消することが前提となっていたと認められ、第二契約と両立しえない第一契約は、昭和六〇年七月三日合意解約されたと認めるのが相当である。

三  合意解約は効力がないか。

原告は、更改契約であることを前提としてその無効又は取消を主張するが、第二契約と第一契約の合意解約は前記のとおり密接な関連を有するので、以下合意解約あるいは第二契約に原告主張の無効又は取消原因があるか否かを判断する。

1  錯誤の主張について

原告は、原告が第二契約は被告との雇用契約でありこれによっても被告との雇用契約が引き続き継続すると誤信した旨主張する。

しかし、前記認定のとおりスタッフセンターは被告とは別の法人であり、ただ第二契約締結後も被告に雇用されていたときと労働条件等がほとんど変わらないというにすぎないのであって、前記認定の被告代表者の外国人教師に対する説明内容に照らし、第二契約によっても雇用主が変わらないと考えたとの原告本人の供述は採用し難く、他に、原告の錯誤の主張を認めるに足りる証拠はない。

したがって、原告の右主張は理由がない。

2  強迫の主張について

(一) 被告は、その雇用する外国人教師について社会保険(健康保険、厚生年金保険)加入の手続をしていなかったが、昭和六〇年七月から右加入手続をすることとなった(〈証拠略〉)。しかし、被告は、右加入手続をする前の同年六月分の外国人教師の給与から同人らの承諾を得ることなく保険料を控除した(〈証拠略〉)。健康保険法(七八条一項)及び厚生年金保険法(八四条一項)によれば、事業主が被保険者の報酬からその負担すべき保険料を控除することができるのは、前月分の保険料のみであるから、被告の右措置は、右の各規定に違反しており、労働基準法二四条一項に違反する違法なものである。

(二) しかし、被告がスタッフセンターとの雇用契約を締結しなければ右控除した保険料を返還しないとか身元保証をしないと述べたことを認めるに足りる証拠はない。また、社会保険に加入する手続をとることは事業主の義務であるところ、被告が同年七月以降社会保険加入手続をする意思がなかったことを認めることはできず、加入に伴い従業員が負担する保険料を法律の規定に従って給与から控除することは違法ではないから(労働基準法二四条一項)、そのことを事業主である被告が従業員に述べたことは何ら違法ではなく、強迫に該当しない。なお、原告が第二契約を締結したのが被告から原告主張の強迫を受けたことによるものであることを認めるに足りる証拠はない。

(三) 原告は、スタッフセンターに入らないと失職すると強迫されて第二契約を締結したと主張するが、被告が右のような言動をしたことを認めるに足りる証拠がないのみならず、仮に被告が右のとおりの言動をしたとしても、そのことが直ちに違法な強迫であるとは到底認められないから、原告の右主張は理由がない。

(四) したがって、原告の強迫の主張は理由がない。

3  公序良俗違反の主張について

(一) 原告は、外国人教師にスタッフセンターとの雇用契約を締結させる手段として、外国人教師に不利益であることが明白な社会保険の保険料をその給与から違法に控除したと主張する。なるほど、被告が同年六月分の外国人教師の給与から社会保険料を控除したのは違法であり、外国人教師がスタッフセンターとの雇用契約を締結した動機の一つに給与から社会保険料が控除されることがあり(弁論の全趣旨)、また、被告が右のような違法な控除をした理由は明らかではない(被告代表者は、違法な控除をした理由について、被告の日本人従業員についても同様な方法で給与から控除しているので外国人教師についても同様に扱ったと供述するが、日本人従業員について右のような方法で社会保険料を控除していることを裏付ける証拠はなく、右供述を信用することはできない。)。しかし、原告らは健康保険、厚生年金保険の被保険者であり、被告は右各保険加入手続をとる義務があったところ、被告が右のような違法な行為をしたことをもって直ちに被告がスタッフセンターとの雇用契約を締結させる手段として右のような違法な措置をとったものと認めることはできず、他に原告主張の右事実を認めるに足りる証拠はない。

(二) 原告は、第二契約が被告の雇用主としての責任を回避し、職業安定法四四条に違反する労働者供給事業を目的とするスタッフセンターを雇用主とすることを目的とするものであるから、公序良俗に反し無効であると主張する。

しかし、右主張の事実を認めるに足りる証拠がないのみならず、仮にスタッフセンターが原告主張のとおり労働者供給事業をすることを目的とするものであったとしても、そのことの故にスタッフセンターと原告との雇用契約(第二契約)及び原告と被告との合意解約が無効となるものではないと解すべきである。したがって、原告の右主張は採用することができない。

四  結論

以上によれば、原告と被告との雇用契約は昭和六〇年七月三日合意解約されたのであるから、原告と被告との間に昭和六一年七月四日以降も雇用契約が存在することを前提とする本訴請求は、理由がないのでこれを棄却することとする。

(裁判官 竹内民生)

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